私の建築に対する想い

2010年 8月 3日

Almost anything I do will be insignificant, but I must do it.

I do these things not to change the world, but so that the world will not change me.

You must be the “change” you want to see in the world.

                                                                                                                          ― Gandhi ―

私のやるほとんどが 些細なことでも、それをやらなければならない。

世界を変えるためにやるのではなく、世界が私を変えないためにやるのだ。

自分自身が、世界で見たいと思う “変化” でなければならない。

                                                                                                                       ― ガンディ ―

 

H O L A ! !

 

先日、面白い論説を読みました: 『 建築の権力 』

『 建築は昔から政治宣伝の手段として利用されており、また、権力の象徴としても表わされていた。

その政治の“まちづくりの夢”を実現するために、建築家の“技術”が常に必要とされていたのです。

シュペーアとの関係が強かったヒトラーや、ル・コルビュジェ、グロピウスのような名のある

大手企業を含む国際建築コンペを召集したにも関わらず最終的にヨファンを選んだスターリン

ピアチェンティー二との繋がりがあったムッソリーニも、それぞれ異なるモノは多いが、

考え方は同じだった: “建築は 国の権力・経済・文化の証だ” 。

現代で、それを証明する一番いい例は“ドバイ”である。』 と書かれていました。

 

私は (ヒトラーやスターリンのようなやり方や目的は間違いだとしても)

建物が地域に、都市に、国に影響するという事には間違いないと思います。

その「時代」の国の「アイデンティティー」として残されますし、「アート」としても捕えられるからです。

だからこそ建築家は、シュペーアのように言われるがままに設計をするのではなく、

“周り”に流されて(とらわれて?)設計をするのでもなく、環境の事も考えて、

その環境に及ぼす変化も考えて計画を立てなければならないのです。

建物を一つの「個体(?)」として考えるのではなく、街・地域の「全体」として考えてこそ

「都市計画」に繋がっていくからです。

 

そして、建築は「今の時代」の「結果」であるべきだと思います。

伝統を守る事はもちろん大事ですが、「過去」と「同じ・似た」ように創るのではなく、

その技術や素材を受け継いで「新しい表現」に挑戦してみたいです。

21世紀に入ってもう10年目で、世界中が新しい時代へと大きな勢いで変化していく中、

「代表となる建築」まではいかないのですが、私は、未熟ながらも“いつか”

この新しい時代に対応できる建築を目指したいと思っています。

 

 

etc

こんな大それた夢で “いつか” が来るかどうか分らないですけど

「夢はでっかく根はふかく」っていうじゃないですかぁ~♪ XD